ぽん'sルーム
わりと大はしゃぎ系ぽんずと、ぽん's愉快で愛しい仲間たちとの素敵な日常をぽちぽつぽちぽつ語った日記。
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成功すればHero,失敗してもChallenger、それ以外にはなりたくない
お誕生日のお祝いをしてくださった家族及びお友達のみなさん、ありがとう!
みんなのおかげで、28才のスタートを、幸せな気持ちで迎えることが出来ました。



去年の10月とはまた違ったステージにいる自分にびっくりします。
兵庫から東京へ。
クーポン誌のデザイナーから専業主婦へ。
そして、妊婦からお母さんへ。
ずいぶん遠いところまで来たなって感じです。
場所だけじゃなくて、人生のうちの遠いところ。



特に専業主婦で子ども育ててるなんて、5年前の自分が知ったら、「私そういうキャラじゃない」って断罪しそう。笑



ぽん’sルームの、2009年の記事に、「一生楽しいことにわくわくしてたい。たいくつで楽しくないことなんて世界一嫌い」っていう一言がありましたが、ハッとさせられました。



なんていうか、守りに入っていたなと。子どもと家庭を守らなきゃいけない立場に安んじてました。
でも違うよね。守らなければいけないとこは守って、攻めるとこでは攻めて行きたい。
5年前の自分が出来なかったことをできるようになるために、年齢を重ねてきたではないか。



28才として、挑戦していくべきことごと。
主婦としてのスキル(掃除ちゃんとするとか、料理のレパートリー増やすとか、化粧を10分以内で完成させるとか。)を高める。あと、在宅で、ときどき美容系サイトの広告ライターをしているのですが、それも品質とスピードの向上に努める。あとは、たくさんの広告賞に挑戦する。




そしてそして、一番だいじなことが、イライラしている自分を子どもに悟らせない。子どもにいつも笑顔で対応する。これが家事よりも在宅ワークよりも広告賞よりも一番大事。この優先順位をすごく忘れがちなんだけど、ここを忘れないようにしたいと思います。



挑戦者であることは、悔しい思いをすることとほぼイコールだと思います。めっちゃ悔しがれるということは、めっちゃ努力するということ。『あの時悔しくて良かったって、いつか笑って言いたい。』(漫画「ちはやふる」より)そのくらいアグレッシブな気持ちで攻めていこうと思います。




「成功すればHero,失敗してもChallenger」という言葉は、電通の東畑幸多さんの言葉です。成功すればHero,失敗してもChallenger、でも、なにもしなかったら何にもなれない。




みんな、ありがとうとよろしく。


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【自作ポエム】せつない痛み


あなたのこと考えるだけで切なく疼くこの痛み。
片時だってあなたのこと考えずにはいられないのよ。
あなたのこと考えると夜も眠れないの。
あたしがこんな気持ちになっていること、あなたは知ってくれているかしら。伝えたいの…。




いたいよーっ!!。゚(゚´Д`゚)゚。
って、MUSHIBAさんに伝えてやりたい…(´・ω・`)
本日、歯医者のため遅刻です。笑
「ヅラかぶってるんですか??」
と尋ねられたら、あたしは意気揚々と「イエースザッツライト☆」くらいには
テンション高く即答することでしょう。
あたしは、ヅラをかぶっていることは、高い美意識、おしゃれに他ならないと思っています。(どーん





事の起こりはこの10月くらい。
当時オフィスで広告原稿が書けず煮詰まってたあたしは、どんよりと「おそといってくるにゃん…」と上司に言い残し、秋晴れの岡山の繁華街に飛び出していったのでした。
そのときのわたしは、確かに前髪をななめに分けて、でこっぱちを主張するヘアスタイルでした。1時間くらいして帰ってきたあたしのでこっぱちは、厳重に前髪で閉ざされ、誰がどう見てもそれはそれは立派な前髪黒髪ぱっつん娘でした。






オフィスに戻るなり、「どうしたどうしたとうとうぽんずがキレて昼休みのあいだに美容院行ってきた??」等と言われましたが、なんのこっちゃない、岡山ビブレにて購入した黒髪前髪ヅラ(二千円くらいだった)をさくっと装着しただけです。







世の中の心ない人々は、頭皮に不自由していそうなおじさんを見るにつけ、小声でささやきます。
「えーやだ、あの人もしかしてヅラじゃない?」
私は、世の中の心ない人々に対して、断固として主張します。
もしおっちゃんがヅラならば、おっちゃんおしゃれやんっ!!!





「より若々しい自分になりたい」そう思ってヅラをかぶることと、
「よりかわいい自分になりたい」世の中の乙女がその一心でこぞって化粧をすることと、
一体どう違うというのでしょうか。
あたしは、両者に共通することは、身だしなみや、美意識の高さだと、思うのです。






ヅラっていう言葉がいけないのかしら。
「前髪ウィッグ」=「前髪ヅラ」
あたしの認識では等しいのです。
「スパッツ」=「レギンス」とか、時代が違うだけで同義語だと思ってるの。






そもそも、私がくまの洋菓子メーカーにいたときの上司がヅラマニアで、
彼女はある日は金髪縦ロール、
ある日はショートボブ、
ある日はアニメキャラのコスプレかと思うほど大胆なカラーのロングストレートでした。
しかも彼女、超かわいい人なのでした。
(工場は全身怪しげな白衣の制服があったから、通勤は私服でだったの)







大事なことはもっかい主張します。
ヅラっておしゃれやん。
ヅラかぶってる人をばかにするなっ。むしろその美意識の高さを敬えって思います。
黒髪前髪ぱっつんヅラ装着状態ぽんずに出会ったそこのあなた、是非前髪をひっぱらないでくださいね。
怒りますよ?笑

テーマ:天装戦隊ゴセイジャー - ジャンル:テレビ・ラジオ

恋人とお別れしました。


題名のとおりです。
報告は、以上。と簡潔にまとめたいところですが、説明責任を追及された場合を想定して、
答弁を作成しておきます。






原因は、あたしの中途半端さに、あるとおもいます。
恋人が好き。自分の将来も大事。仕事かなり大事。チョコレートケーキかなり好き。
旅が超スキ。知らない人とお話するの生きがい。恋人が好き。読書がすき。恋人が好き。友達大好き。恋人が好き。恋人が好き。恋人が好き。






大切なもの大事なものすきなものが多すぎて、これ好きあれ好きと言うことしかできないくせに、
どうやったらそれらを全部守っていけばいいのかわからなかった。そんな力なかった。
未熟で中途半端なわたしのせい。





一番好きなものが恋人であるなら、
自分の将来とか全部どうなってもいいから全部放り投げて愛媛で鹿児島でもソロモン諸島でもどこへでもついていく、って勢いがあるほど子どもでもなく



大事なものがたくさんあるけど、それらを全部守る実力を備えている程大人じゃない。
中途半端なわたし。





恋人がわたしにしてくれたことを1つ1つ並べ上げたら、それは天までも届くでしょう。


からまったネックレスをほどいてくれました。
あたしの嫌いな(恋人も嫌いなはずの)トマトを食べてくれました。
数学でわからない問題を丁寧に教えてくれました。
お昼ごはんがアイス×3でも怒りませんでした。
「家族」というもののあたたかさを証明してくれました。
ひねくれて冷たく硬くなってしまったあたしの心の嫌な部分を、今の季節のお風呂のように、全くあたたかくしてくれました。
別れ話をしてくれた時、わたしと一緒に子どもみたいに声をあげて泣いてくれました。
大学3年の春から今までを余すところなく共有して、
あたしが一番強がっていたときに、強がっていることを知っていてくれました。





因みに、嫌いになってお別れしたわけじゃないです。
できることなら嫌いになってお別れしたかったけど、嫌いになろうとして、
無理でした。
2人「で」幸せになる方法がどうしてもわからなかったから
2人「が」(それぞれに)幸せになるための手段の1つが「お別れ」でした。
そして私達はそれを選びました。







2人「が」幸せになるための手段である「お別れ」は、とてもとても悲しいけれど、
ただ悲しくなるためにお別れしたんじゃありません。幸せになるためにお別れしたのです。
ちょっと、卒業式、と似てる感じかな…。






恋人と、キスをしたり、手をつないだりすることはもうないけれど、
この人と恋ができただけで、あたしは生まれてきてよかったと、思えました。







わたしには、恋人を支える力がなかったけど、恋人は何の見返りも求めず、
わたしを支え続けてくれました。
恋人に支えて貰ったから、わたし、いま、生きてます。






恋人に支えて貰ったから、まずは、自分の足でしゃんと立って、
明日もちゃんと仕事をして、ごはんも食べて、ちゃんと眠って、たまには泣くかもしれないけど、元気なわたしでいようと思います。
これを読んでくれてるみんな、心配しないでね。
23歳のわたしは、何の力もなくて、恋人と自分の将来どっちかしか大事にできなかったけど、今がんばってガンバッテがんばって頑張って、死ぬかもしれないほど努力して、大事なもの全部守れるくらい実力をつけていつか大人になったら、こんなわたしでも、
いつか誰かを支えられるといいなぁ。



おしまい。

テーマ:雑記 - ジャンル:ブログ

虐待~愛情か、それに非常に近しい暴力~


先日、自分の子どもに対して、「ついカッとなって」暴力をふるってしまう、そんな母親の心境に近いものを感じました。



お仕事中のある日のことです。わたしは、覚えたばかりの仕事(大型機械の各種エラー処理)を任され、意気揚々とケーキを包装していました。
わたしの担当している大型機械は、ケーキをまとうセロファンを配置する機械です。
初めは、機械エラーが出る度、
「ああ、よしよし、この子(大型機械)は、あたしがいないとだめなのね、あたしが傍でなだめててあげないと動けないのね」
という、いわば親のような心境でエラー解除に励んでいた私ですが、1分おきにエラーを出されて、私は次第にイライラしてきました。



30分おき、や、1時間おき、ならばルーティンワークとして仕事に組み込んでしまうのですが、1分間に1度、というのは非常に微妙です。1分あれば他のデスクへまわって他の仕事ができないこともない、しかし早く元の場所へ復帰してエラーを解除しないと、生産量が少しずつすこしずつ落ちるんです。




初めのうちは意気揚々と自分がようやくマスターした仕事に励んでいたくせに、39回目のエラーを処理しようとしたころでしょうか。なんだかもう無感動になって機械的に(いや、相手は機械なのですが)処理してしまい、周囲への配慮がなくなっていたのでしょう。
「ザズっ」とも「ザザッ」ともつかないもろい音が響き、その瞬間、機械の中にあったケーキが、あたしの出す指示を忠実に行う機械によって、無残にも粉砕されました。それはもう、あっさりと軽々と。まるでケーキの上からいちごがことりと倒れるより簡単に、一瞬の出来事でした。





わたし、お菓子が好きで、お菓子屋さんになったはずなのに。
夢がかなったはずなのに。
どうしてお菓子を作る機械に対してイラっとしてしまったの?
どうしてお菓子を破壊してしまったの?
どうしてこんなにせつないの?






児童虐待の記事を紙面で見かける度、子どもを虐待してしまった親はこう言っているようです。
「つい、イラっとして、カッとなって。」
そんなのは、理由にはならない。




DVの話をします。あたしは、恋人に、暴力をふるってしまうことが多々あります。
甘えているはずが、じゃれているはずが、なんだか暴力に発展してしまうのです。
好きだから、わざとひどいこと言っちゃう。
好きだから、いじめてしまう。(小学生じゃあるまいし。)
好きだから、プチ暴力を続けてしまう。
これはあたしが当事者で、しかも一応女の子だから、ブログのネタになるくらいで済みます。でもこれが性別逆だったら、結構深刻な事件だと思います。






「好きだから、愛情表現として、暴力をふるってしまった」
DVの加害者男性の言葉です。
あたしは、暴力ふるう男性はだいっきらいです。暴力は愛情じゃないと思います。




でも、暴力と愛情が、非常に近しい場合もあるんです。
犯罪者と一般の人を区別しているラインが、非常にあやうく儚いことだってあるんです。
村上春樹先生の作品を読んで、そんなことを考えていましたとさ。
おしまい。

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