ぽん'sルーム
わりと大はしゃぎ系ぽんずと、ぽん's愉快で愛しい仲間たちとの素敵な日常をぽちぽつぽちぽつ語った日記。
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女性のみなさんに朗報です。



「お誕生日に、ケーキにろうそくを立てて、ふーっと火を消す」このことによって、人は加齢していくそうです。
つまり、上記の手続きをしないかぎり、誕生日であっても加齢されません。


というのを、編集部の先輩の息子さんのたけちゃん(2歳)から聞きました。



あたし「たけちゃん今日お誕生日だね★何歳になったのー??」
たけちゃん「…」
たけちゃん母「3歳になったんよねー」
たけちゃん「違うもん!!まだ(ケーキに)ふーっとしてないから、3歳じゃない!




新内閣はこの新加齢制度の普及と認知に努めるよう、法案化への手続きを進めています。


笑。
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わにちゃんがチリにいってしまった
わにちゃんをしらない人のために、まずはわにちゃんを紹介しようと思います。


わにちゃんは、旅人であり芸術家です。初めて出会ったのは、2006年秋、上海に向かう船のなか。みなさんご存知(?)奔流中国。




わにちゃんに一度見せてもらったスケッチブックのなかには、普段にこやかで穏やかな彼女からは想像もできないほどの、情熱的なイラストや言葉がみっしりと凝縮されていました。


わにちゃんがお酒を飲んだときのセクシーオーラは忘れることができないほど刺激的。大人の女とはかくあるものか、と、当時19才だったあたしは憧れたりもしたものです。


当時から世界1周が夢だと言っていたわにちゃん。世界中の素敵を探してまわり、自分の絵で表現することを渇望していました。そして、夢を夢のままにせず、翌年のうちにそれを実現させ、イースター島で出会ったチリ人ジャーナリストの彼氏を日本に連れて帰り、幾度かの喧嘩をのりこえて瞬く間に結婚しました。


そしてチリに嫁に行き、「南米に来る際には連絡してね!遊ぼうね!」と言ってくれるのです。


なにが言いたいかというと、本当に、もう距離なんか関係ない時代になったのだなーということです。


わたし、多分明日チリにいくことはないと思うけど、人生のうちしかるべきタイミングで行く場所だと思っています。ボリビアのウユニ湖しかり。


それが5年後かもしれないし、15年後かもしれない。
そして、その間に、あたしとわにちゃんが直接連絡をとることがもし無かったとしても、15年音信不通であっても、15年経ったとき、「わにちゃんに会いたいにゃー」と思ったら、そしてそれをわにちゃんが望んでくれたら、多分会えると思ってるの。
会いたいと思ってたら、会える時代だと思う。


多分、今って、距離とかについてあまり不便さを感じる時代じゃないのよね。
もし今が江戸時代なら、チリに嫁にいったわにちゃんとは一生の別れだったと思う。(そもそも鎖国中かもね! 笑)
でもいま平成23年だし。
飛行機がんがん飛んでるし。
わたし社会人(笑)になったし。
(笑)(笑)(笑)(笑)(笑)(笑)


きっと、会いたい人には会いにいける時代。
でも、ほんとうに怖いのは、近くに住んでても、遠くに住んでても、会いたいと思わなくなること。


同じ市内に住んでる人でも、話すことないな、とか、会ってもきまずい沈黙が続くかも、とか余計なこと考えてたら、次第に会わなくなっちゃう気がする。
それが私がいま一番こわいこと。



それが怖いから、やだから、あたしは今日もフットワーク軽く
遊びまわろうと思います。


わたしはこの10日間の夏休み、
愛媛を出発し、
岡山の実家に寄り、
滋賀県に猫を預けて、
福井県の原発を眺めながら泳ぎ、
三重県の鳥羽水族館を心ゆくまで堪能し、
京都の山科でお洒落な焼き鳥を食べ、
岐阜県のアウトレットモールで台風をやりすごし、
思いがけず立ち寄った名古屋の百貨店のセールで散財し、
眠い目をこすりこすり乗り過ごしだけには気をつけて向かった山梨では台風の影響で電車が止まり、
ほうほうの体でたどり着いた横浜の節電対策に汗をだらだらかき、
一瞬寄った東京では実の姉に泊めてもらう約束を忘れられ、朝までマックで過ごすという家出娘さながらを致し方なく演じ、
青春18きっぷでちんたら向かった盛岡で河童おじさんにたぶらかされる。



そんな素敵な夏休みでした。
会ってくれたみんなありがとう。今回は会えなかったみんな、次回はもーちょいきちんとお誘いします。




最後になりましたが、わにちゃんおめでとう。よい旅路(ここでは結婚生活のこと)を!


新しい家族ができました。
新しい家族ができました。



吉川豆大福と申します。
生後4ヵ月のスコティッシュフォールドの男の子です。
スコティッシュのくせに立耳って…。(笑)
まるまったところが、ご存じの京都出町ふたばの豆大福そっくりです。

いまはまだ仔猫だから
「豆大福」、
大人になったら
「大福丸」、
さらに太ってしまうと
「大福まるまる」
と、呼ぶ計画です。


でも、豆大福、大人になれないかもしれないんです。



猫伝染性腹膜炎(FPI)という病気みたいです。
おなかのなかで炎症を起こしていて、腹水がたまり続けています。

腹水がたまると、呼吸困難になる傾向があります。
腹水を抜くにしても、腹水のなかには栄養素が溶け出しているので、腹水抜いたら栄養失調になる傾向があります。


そんな要旨の説明を受けました。


人生で起こることがすべて必然だと言うなら、
豆大福が病気になったことも、きっとあたしの人生にとって必要なことなんだと思います。あたし、自分の身体は健康すぎて、病気の人や生き物にふれあう機会が今までなかったので、豆大福が病気になったことで、家族が病気になったらどういう気持ちか、ってゆうのを学びました。
…死ぬほどつらいです。
自分が病気になるよりきっとつらい。


苦しんでるの、みてあげることしかできない。
24時間そばにいることもできない。
仕事も休めない。



わたし、本当になにもできない。


神様とか、普段ぜんぜん意識することはないけど、こうゆうときだけすごく考える。


もし、神様がわたしに「家族が病気って、どんだけ辛いのか学べ」という意味で豆大福を病気にしたのなら、あたしはもうおなかいっぱい学びました。
自分がいかに無力かとかも、再認識しました。
死ぬほどつらい気持ちがもうよくわかりました。
もう存分にわかったから、豆大福を連れていかないでくださいと、ただただ祈るばかりです。










佐藤ゆかちゃんをおぼえてる??



清心娘のみんな。
佐藤ゆかちゃんを、おぼえてる?








めちゃめちゃよく笑う子でした。
人前で落ち込むことはまずありませんでした。
常に高いテンションを維持していました。
プリクラといえば変顔しか撮りませんでした。
「あの」清心リズム体操が気にいっていました。
授業中であって、もなにがそんなに面白いのか爆笑していました。
175Rの1stアルバムの素敵さを熱く語っていました。
ケツメイシの良さについて、わかってくれていました。
「まりちゃんのぶりっこ劇場」を見て、「かわいい♡」という、大変素敵な価値観の持ち主でした。







そんな佐藤ゆか。


ぅまみさんからメールが来たときは、意味がわかりませんでした。
急いでゆかに電話しました。普通にゆかが出ることを祈ってました。
ゆかの電話に出たご両親と話をさせていただいて、そこで初めてあたしは大泣きしました。







ゆかが、あたしのことを楽しそうにご両親に話していたことを、初めて知りました。
「自称☆鴨方の姫」とかゆってたことや、替え歌「タッキーライブ」、かくれんぼ同好会のことや、モンゴルにおける未成年の主張などなど。
(そんな若気の至りっていうか恥過去を、ゆかのご両親の口から聞くのは相当恥ずかしい気持ちでいっぱいでしたが…)






…わたし、ゆかのことちょっとでも笑顔にできてたかな?
いっつもあたしを爆笑させてくれるゆかに、あたしはちょっとでも楽しい気持ちをゆかにあげられてた??







べそべそ泣いてたら、ゆかのご両親があたしに
「泣いとったらゆかに笑われるでっ」って…。
どっちが慰められてるのかもはや謎。さすが、「あの」ゆかのご両親。







それにしても、早生まれのゆかは、1月30日に24歳になったばっかりで…。
早すぎるよ…。。。






ゆかのことを考えれば考えるほど、ゆかの爆笑してる顔、もしくは変顔しか思い出せません。






いつかゆかに会えた時に、ゆかを爆笑させるため、あたしは明日もばかばかしいあたしでいようと思います。
あの、笑いの沸点の低いゆかのことだから、きっと私が「最近ね、」って言った瞬間に笑ってくれると信じてる。
そしたら私、「いや、まだ話は始まってないから!」ってツッコミを入れるの。






だからもう泣きません。







※模擬国連のみなさん、心配しないでね。
我らがさとゆか先輩とは違う人です。同じ名前なだけです。
優しいとこは同じだけど。

テーマ:高校生日記 - ジャンル:日記

21才になりました☆&☆20才まとめ
2007年10月31日、はろうぃーん。
21才になりました
20071101161933.jpg

←ふぁんた氏あずまっくす氏みかん嬢hana嬢にお誕生日会を開いてもらったの
総合して思うのは、やっぱり沢山のひとに笑顔にしてもらった20代のはじまりだったな。って。








あたしは毎日、前を向いて、思い煩うことなく愉しく生きていきたいと思うけれど、
こうして、たまに振り返ることはとても良いことだと思うの。
今後の自分に必要な力、支えてくれた誰か、みんなに幸せにして貰ったこと、思い出すだけで胸がぎゅーってなるよ。










20歳の誕生日、2006年10月の最後の穏やかな夜。
あたしは世界で一番幸せな女の子だった。
大好きな当時の会議監督は、仕事仕事でねむたいし疲れてたのに、
あたしのお誕生日をお祝いしに来てくれて、あたしが到着するころには彼は眠っちゃっていた。


「ぽんずが喜ぶから」って理由で、大切なお友達たちが会議監督の寝顔をぬいぐるみでデコレーションしてくれて、
写メール撮影して、
沢山笑って、
ケーキを食べて、
大事なお友達たちの笑顔でみたされて、大好きなお友達が仲良くて、
あたし、それ以上幸せな事なんてないって思えた。






20歳の11月、風間ゼミと環境班のみんなhttp://kankyougudaguda.blog.shinobi.jp/との勉強が本格的に始まった。
まだまだ知らないことは多いなりに、京都府民の環境に対する意識と、児童労働の問題について考え始めた。





20歳12月、模擬国連の06北陸大会で、「模擬国連会議で、自分が一番笑顔で楽しくいられる方法」に基づいて動くようになった。
自己チュウ100万ボルト。




20歳1月、成人式のために帰省した岡山で、鴨方小学校・清心中学・高校、ベル・ナデシコの友達と、再会した。これからもテンションは相変わらず、深みの増したお嬢さんになろうね、と思った。





20歳2月、自動車の教習所で、
「自分には向いていないこと・出来ないこと」の多さに改めて驚いた。日本の現代社会に適応できなさそうな自分の将来を憂いた。







20歳3月、新勧活動やオリエンテーション実行委員会の活動の忙しさにまぎれて告白もした。
色んなひとたちの地味かつ目立たない活動のおかげで安心して学校生活が送れていることを知り、感謝と素直な気持ちをちゃんと伝えることの出来た自分がちょっと好きになった。






20歳4月、京都製菓技術専門学校の夜間通信教育部http://www.taiwa.ac.jp/study/index.cfmに通い始めた。
幼稚園の給食を作る先生、会社を定年退職した後にカフェを経営する予定の素敵なサラリーマン、栄養士の学校に通う18歳、主婦業40年のベテランやさまざまな経歴をもつ人たちとお友達になった。
4月の終わりには、とても大切なひととも出会えた。





20歳5月、大学のハンドベル部http://bellskippers.blog96.fc2.com/で、ひとりですごくむかむかして、それでも「ハンドベル」っていう楽器にどこかで繋がっていたいからがんばれた。
いつか、私が京都でハンドベルを演奏していること、本田先生に聴こえればいいな。





20歳6月、初めて学校のPCスタッフのバイトに週6で入っていた。
やりたいこと・行きたい場所・会いたいひとに会うためには、お金が必要なときだってある。






20歳7月、模擬国連の関西大会(文化多様性条約♪)と試験の準備にわたわたしていた。一生懸命やることは、ときどき苦しくて面倒なときもあるけど、
その分、格好つけてなく必死な自分に出会う瞬間、すこし好きだったりする。




20歳8月、このころから自由な大学生活が1年半を切ったことに気づき、焦って毎日常に先輩・後輩・友達・恋人誰かと会って喋っている。「今一緒に居られる」ということの有限さ、貴重さを実感する。こんな自由な時間の使い方、きっと今しかないよ。




20歳9月、沖縄・東京・モロッコ。旅行しまくり。
行きたいときに、行きたい人と、行きたい場所へ行ける、それってすごく素敵なこと。





20歳ラスト、10月、思っていたことは、
あたしが21歳になる、ということ。





なにかを手にいれる素敵な感じは、だんだん大きくなっていくうえで変わった。
お年玉が、年齢とともに増えていったように、お金ためたらできることが増えたし、行ける場所も増えた。
豊富な失敗、それらを経験した分ひとまわり大きくもなったかもしれない。






そのぶん落とし穴もある。少しだけ強くなった分、小さいことを見落としがちになる。
今よりもっとあたしが幼かった頃、されて嫌だと思ったこと、心を傷つけられたら痛いってこと、忘れないで大人になりたい。





今、お外はしとしと雨で、
雨に濡れた髪が、そのうちに乾くように、時が止まることはない。
あたしが21才ほやほやだけど、21歳な時間も、本当に、ほんのわずかな時間のできごと。





あたしは、なんだか「ぽんずっていつも幸せそうー。って言われるけれど、
それは、その時食べてるごはんやお菓子のせいではなくて 笑
ほんとは、傍にいてくれたり、遠くから気にかけてくれる大切なひとたち、皆のおかげでなんだか笑顔になってるだけなの、気づいてる??





遠い未来の私は、この頃のことを思い返して、あの頃はよかったなぁ~
って言うのかな。
20歳のお誕生日、「世界で一番幸せな子だった」あたし。
って書いたけれど、でも、21歳のお誕生日は、
去年よりもっともっと世界で一番幸せな子だった。
傍にいてくれる人、や、感じる思い、去年よりも世界がちょっとだけ広がったからかもしれない。





21歳は、自分を甘やかしてる場合じゃなく、気合いを入れて、
就職活動、製菓衛生師の国家試験、引き継がれたり引きつがなきゃ、なあの課外活動、部活…つらそうなこと全部、逃げないで立ち向かっていきます。




あと、21歳のあたしは、会いたいひとには会いに行く!
当面は名古屋と奈良と金沢と山口!
今までの縁を結んで、自分の、膨大でへんちくりんな我侭を、自分で叶える力を手に入れようと思っています。まずはおのりーと鹿せんべい嬢、ヤス並びに北陸模擬国連のみんな、そしてリリーに会いにいくから、覚悟、しといて






明日もし生きたくなくても、学校に来たら皆居て、なんだか笑って3日生きれる。
恋人がくれたひとかけらのチョコで1日分の幸せが補給できちゃうように。







ただの、愉快なこと好きな小さい女の子ですが、明日も元気です。
素直に反応して素直に生きていきます。
遠くでこれを読んでくれてて、まったく違う生活をおくってるあたしたちが、ブログやメール、mixiやエアメールでつながってるのは、いつ考えても不思議。




だから、遠く離れてても、傍にいても、あたしはこれからも愉快に笑っていくから、今までありがとうとこれからもよろしく!
あはははははははははははははははははははははははははははっははははははははっははっはあっははっはっはっは!!!!!あはははははー!!!



※hana嬢とみおん嬢へのこめんとばっくを末尾に用意してございます。
瑣末なものですがどうぞお納めくださいませ
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